DXという言葉が当たり前に使われるようになって、もう何年になるだろうか。経済産業省が「DXレポート」を発表したのが2018年。「2025年の崖」というフレーズが各所で語られ、中小企業の経営者が「うちも何かやらないと」と焦り始めてから、すでに長い時間が経つ。
先日、名古屋で開かれたDX総合EXPOに足を運んだ。会場には数百社のベンダーが集まり、それぞれが自社のソリューションを華やかに紹介していた。来場者は中小企業の経営者やIT担当者が多く、皆が真剣に話を聞いていた。
ただ、ブースを回りながら、私たちはある違和感を覚えていた。「これは本当にDXなのだろうか」と思う場面が、思った以上に多かったのである。
中小企業の現場に深く入っているからこそ見えてくる、いまの「DX」の姿について、今回は書いてみたい。耳障りな話も含まれるが、誰かを批判したいのではなく、現場で起きていることを率直に言語化したいと考えての文章である。
「なんちゃってDX」とは何か
まず、用語の整理から始めたい。
DXとはDigital Transformationの略で、本来は「デジタル技術を活用して、ビジネスや組織のあり方を根本から変革すること」を指す。重要なのはTransformation、つまり「変革」の部分だ。デジタル技術はあくまで手段であって、目的ではない。
ところが現場では、この本来の意味から外れた取り組みが、DXという名前で進んでいることが少なくない。私たちが「なんちゃってDX」と呼んでいるのは、たとえば次のようなケースである。
ひとつ目は、デジタル化をDXと呼んでしまうケース。紙の書類をPDFにした、エクセル管理をクラウドツールに置き換えた、ハンコをやめて電子承認にした。これらは確かにデジタル化ではあるが、業務のあり方そのものは変わっていない。単に道具が変わっただけだ。これをDXと呼ぶには、変革という言葉の重みが軽すぎる。
ふたつ目は、ツール導入が目的化してしまうケース。「DXに取り組んでいる」と社外にアピールするために、有名なツールを導入する。しかし現場では誰も使いこなせず、ライセンス料だけが毎月引き落とされている。当初の目的だった業務改善の効果は、測られないままだ。
みっつ目は、既存業務をそのままシステム化するケース。これまで紙で運用していた申請フローを、内容を一切見直さずにシステム上に再現する。結果として、紙だった頃の非効率がそのままデジタルの世界に持ち込まれ、運用負荷はむしろ増える。
これらに共通しているのは、「業務のあり方」を問い直す作業が抜け落ちていることだ。デジタルな道具を入れることだけが目的化してしまい、肝心の「変革」が起きていない。
なぜ「なんちゃってDX」が起きるのか
では、なぜこういうことが起きるのか。これは個人や個社の問題ではなく、構造的な問題として捉えるべきだと私たちは考えている。
売り手側の事情から見ていこう。ITベンダーやコンサルティング会社にとって、「業務変革」よりも「ツール導入」のほうが圧倒的に売りやすい。前者は時間がかかり、成果が見えにくく、顧客企業の内部に深く入り込む必要がある。後者は商品が明確で、契約が短期で完結し、ROIの説明もしやすい。経済合理性から考えれば、売り手がツール販売に流れるのは自然なことだ。
加えて、「DX」というキーワードが市場のホットワードになったことで、本来はそれを専門としていなかった企業までもがDXの看板を掲げるようになった。結果として、玉石混交の状態が生まれている。
一方、買い手側にも事情がある。経営者の視点で見ると、DXに着手することは社内外にアピールできる「成果」になる。「DXに取り組んでいる企業です」と言えれば、求人での印象も、取引先からの見られ方も、補助金審査での評価も変わる。
しかし、本来のDX、つまり業務変革は痛みを伴う。これまでのやり方を否定し、人の役割を見直し、場合によっては組織の再編にも踏み込む必要がある。これは経営者にとって相当な覚悟が要る決断だ。
そこに「ツールを入れさえすればDX」という選択肢が示されると、誰もがそちらに流れる。痛みを伴わず、目に見える形でDXに取り組んでいると言える。売り手と買い手の利害が、皮肉なほど一致してしまうのである。
さらに補助金制度も、この構造を後押ししている。IT導入補助金やものづくり補助金は、ツール導入や設備投資には使いやすいが、「業務プロセスを見直すための時間」には使いにくい。本当に変革のために必要な、人と人とが膝を突き合わせて議論する時間には、補助金の枠組みが追いついていない。
中小企業が陥りやすい3つの罠
特に中小企業の現場で、DXに踏み出すときに陥りやすい罠が3つある。
第一に、「ベンダー丸投げ」の罠。社内にIT人材がいないからと、ベンダーやコンサルにすべてを任せてしまう。ベンダーは確かにITには詳しいが、御社の業務の細部までは知らない。結果として、現場の実情を反映していないシステムが「立派に」完成し、現場が「これは使えない」と困惑する事態になる。
第二に、「横並び」の罠。同業他社や取引先がDXに取り組んでいる、という情報が経営者の耳に入る。「うちも遅れてはいけない」という焦りから、自社の課題分析をスキップして、他社の事例をそのまま真似ようとする。しかし、企業ごとに業務も人員もお客様も違う。隣の会社で成功した取り組みが、自社で同じ成果を出すとは限らない。
第三に、「補助金ありき」の罠。先ほども触れたが、補助金が使えるからと、それに合わせてDXのテーマを決めてしまう。本当にやるべきことではなく、補助金が使えることに取り組む。結果として、補助金支給期間が終わると同時に運用が止まる。
これら3つに共通しているのは、起点が「自社の課題」ではなく、「外」にあることだ。ベンダー、他社、補助金。どれも自社の外側からやってくる情報を起点にDXを始めようとしている。これでは、本当に自社にとって必要な変革にたどり着くのは難しい。
では、どこから手をつけるべきか
もし本気でDXに取り組むなら、まず取り組むべきは技術選定ではなく、自社の業務を言葉にする作業である。
これは地味で、時間がかかり、決して華々しい仕事ではない。しかし、ここを飛ばすと、その先のすべてが砂上の楼閣になる。
具体的には、3つのことから始めるとよい。
ひとつめは、現場の社員に話を聞くこと。経営者や管理職の頭の中にある「業務」と、現場が実際に動かしている「業務」は、ほぼ確実にズレている。日々の作業で何に時間を取られているのか、どこに非効率を感じているのか、何が起きると一日が止まるのか。これらを現場の言葉で集めることから始める。
ふたつめは、業務フローを紙に書き出すこと。誰が、いつ、何を、どのようなトリガーで行っているのか。情報はどこに記録され、誰に渡され、何に使われているのか。一度可視化してみると、自社の業務がいかに「なんとなく」回っているかが見えてくる。ここで初めて、改善のレバーとなるポイントが見つかる。
みっつめは、「やめること」を決めること。これが最も難しく、しかし最も重要な作業だ。新しいことを始めるのは比較的容易だが、すでにやっていることをやめる決断には覚悟が要る。業務変革は「やめる決断」なくしては始まらない。
これら3つを終えて初めて、「ではどのデジタル技術を使うか」という議論に入る価値が生まれる。順番が逆になると、必ず失敗する。
「DX」より先に、「BX」を
私たちは社内で、しばしばこう言っている。「DXの前に、BX(Business Transformation)を」と。
DXのXはTransformationを意味する。つまり、変革の対象はBusinessであって、Digitalは手段に過ぎない。ところが現場では、Digitalだけが先行し、Businessは旧来のままという状態が頻発している。
順序として正しいのは、まずビジネス(業務・組織・働き方)を変革する設計をしてから、それを実現する手段としてデジタルを使うことだ。デジタル技術はあとからついてくるもので、最初に存在するものではない。
これは大げさな話ではなく、極めて実務的な話である。たとえば「営業の効率を上げたい」というテーマがあったとして、最初に考えるべきはCRMツールの選定ではない。最初に考えるべきは、「うちの営業活動の何が非効率なのか」「お客様との関係性のどこに改善余地があるのか」という、業務側の問いだ。
その問いに答えが出れば、必要な道具は自ずと絞られる。場合によっては、ツールを入れなくても解決する課題もある。逆に、問いに答えないままツールだけ入れると、何が解決したのかも分からないまま運用が始まる。
中小企業に必要なのは「伴走者」
ここまで読んできて、「言うのは簡単だが、自社だけでこれを実行するのは難しい」と感じる方も多いと思う。実際そのとおりだ。
中小企業のIT担当者は、多くの場合、専任ではない。本業の合間に、社内のIT周りをなんとか回している。本格的な業務変革を主導する時間も、ノウハウも、人手も足りない。
ここに、外部の伴走者が必要になる理由がある。ただし、ここでいう伴走者とは、ツールを売りに来る人ではない。業務を理解し、現場の声を聞き、課題を一緒に言語化してくれる人のことだ。
私たちが「IT伴走支援」という言葉を使っているのは、まさにこの役割を担いたいと考えているからである。システムを売ることが目的ではなく、業務とITの間にいて、その橋渡しをする。場合によっては、「今はシステムを入れないほうがいいです」とお伝えすることもある。
これは商売としては効率の悪いやり方かもしれない。即時に売上に直結しないからだ。しかし、中小企業のDXが「なんちゃって」で終わらないためには、こういう役割を担う人や会社が必要だと、私たちは本気で考えている。
おわりに:DXの本質はデジタルではなく、変革にある
ここまで「なんちゃってDX」について書いてきた。誤解のないように付け加えると、ツール導入が悪いと言っているのではない。デジタル化が無意味だと言っているのでもない。
問題は、それを安易に「DX」と呼んでしまうことにある。本来は変革を伴うべき取り組みが、ツール導入に矮小化されてしまうこと。その結果、「やった気になる」だけで終わり、本当の変革のチャンスを逃してしまうこと。これが私たちの問題意識である。
DXのXは、Transformation、つまり変革を意味する。デジタルは手段であって目的ではない。この当たり前のことを、もう一度確認する必要があるのではないだろうか。
中小企業がデジタル時代を生き抜くために必要なのは、流行りのツールではない。自社の業務を見つめ直し、変えるべきところを変える覚悟である。そして、その覚悟に伴走してくれる人や会社を選ぶ目である。
もし、「うちのDXは大丈夫だろうか」と立ち止まって考えたくなったなら、それ自体が良いスタート地点だと思う。私たちは、そういう問いを一緒に考える相手でありたいと、いつも考えている。
