ハローワークでも、Indeedでも、Wantedlyでも、「未経験歓迎」という言葉は氾濫している。エンジニア募集、営業職、事務職、技術職。業種を問わず、この言葉は中小企業の求人に常駐していると言ってよい。
人手不足が深刻化するなか、経験者を待っているだけでは人が集まらない。だから「未経験でもポテンシャルがあれば」という方向に企業が舵を切るのは、ある意味で必然である。発想自体は健全だ。
ただし、ここで立ち止まって考えたい。
「未経験歓迎」と求人に書くこと。それは、応募してきた人に対して、企業がある種の約束をすることでもある。「未経験でも、ここで育つ機会を提供します」という約束だ。
私たちは、その約束を本気で果たそうとしている企業と、求人効果のためだけに「未経験歓迎」と書いている企業との間に、はっきりとした差があると感じている。
以前、「未経験からエンジニアへ」というタイトルで、求職者向けに記事を書いた。今回はその対として、未経験者を受け入れる側、つまり企業側に向けて書いてみたい。耳に痛い話も含まれるが、業界全体のために書く価値のあるテーマだと考えている。
「未経験歓迎」が抱える非対称性
求職者と企業の間には、情報の非対称性がある。
求人広告に「未経験歓迎」と書かれていたとき、応募者はそれをどう受け取るか。「未経験でも育ててくれる会社なのだ」「研修やフォロー体制があるのだろう」「成長させてくれる環境なのだ」——多くの場合、そう解釈する。
しかし、その言葉が指す実態は、企業によって大きく異なる。本当に丁寧な研修プログラムを持ち、長期視点で育てる体制を整えている会社もあれば、単に「経験を問いません」「誰でも応募できます」という意味でその言葉を使っている会社もある。
問題は、応募者にはその違いが事前に見えないことだ。求人広告のテンプレ的な「未経験歓迎」「研修制度あり」「先輩がサポート」という文言の裏に、どれだけの実体があるのかは、入社してみないとわからない。
そして、入社して「実態が違った」と気づいたときには、もう遅い。応募者は時間とキャリアを失い、企業は採用コストを失う。誰も得をしない結末である。
なぜ言葉と実態がズレるのか
これは個別企業の悪意の問題ではなく、構造的な問題として捉える必要がある。
そもそも、求人広告は「より多くの応募者を集めるため」に書かれている。広告主からすれば、応募ハードルが低いほど、母集団は増える。「未経験歓迎」「学歴不問」「年齢制限なし」と書いた方が、応募数が増えるのは当然だ。
加えて、有料求人媒体に掲載する場合、企業は広告費を払っている。少しでも費用対効果を高めるためには、応募ハードルを下げる文言を選びがちになる。
一方で、「本気で育てる」というのは、企業にとって相当な投資である。研修プログラムの設計、教える側の人材確保、即戦力にならない期間の人件費、業務を任せられるまでの時間。これらをすべて引き受ける覚悟がないと、「育てる」とは言えない。
ここに、構造的な落差がある。書く側のメリットは大きく、実行する側の負担は大きい。だから、書くだけの企業が増える。求職者にとっては酷だが、市場原理から見れば自然に起きる現象である。
「未経験歓迎」と書いた瞬間に、企業はある約束をしている。しかし、その約束を本気で果たそうとすると、想像以上のコストがかかる。多くの企業がこの両者の差に苦しみ、結果として実態が伴わない求人が量産されている。
企業が陥りやすい3つの罠
特に中小企業が未経験採用を行うときに、陥りやすい罠が3つある。
第一に、「人手不足だから採る」と「育てたいから採る」を混同する罠。前者は、足りないポジションを埋めるために未経験者を採用する発想。後者は、長期的に育てる目的で未経験者を採用する発想だ。両者は表面的には同じ「未経験採用」だが、目的も、その後の処遇も、まったく違うものになる。前者の発想で採用すると、入社後すぐに即戦力扱いされ、教育機会も与えられず、結果として早期離職に至る。「未経験で採ったのに役に立たない」と企業が嘆くケースの多くは、この混同が原因である。
第二に、「経験者の代替」として未経験者を扱う罠。経験者が辞めた、採れない、確保できない、というときに、その穴埋めとして未経験者を採用する。だが、未経験者は経験者の代わりにはならない。本来であれば、未経験者を受け入れるなら、その人が育つまでの「経験者2人分の余力」が組織に必要なはずである。それなしに穴埋めとして採用すると、未経験者にも、周囲の経験者にも、無理がかかる。
第三に、「育成は本人の努力」と考える罠。「いい人を採れば勝手に育つ」「うちは放任主義」「自分で学ぶ姿勢が大事」——これらの言葉は、聞こえはいいが、要するに育成投資をしていない言い訳になりやすい。もちろん本人の努力は必要だが、組織が用意するべき機会・指導・フィードバックがなければ、どれだけ意欲があっても育つことは難しい。育成は環境と投資があって初めて成立する。
これら3つに共通するのは、企業側が「育てる」と言いながら、育てるためのコストや覚悟を引き受けていないことだ。言葉だけの「未経験歓迎」は、ここから生まれる。
本気で未経験を育てる、ということ
では、本気で未経験を育てようとすると、何が必要になるのか。
まず、時間とお金の投資である。未経験者が業務に貢献できるようになるまでには、最低でも数か月、職種によっては1〜2年の期間がかかる。その間、企業は人件費を払い続け、教える側の時間も投入する。即戦力ではない期間を、組織として吸収できるだけの余力が必要だ。
次に、育成プログラムの設計。新入社員が入ってきてから「さて、何をしてもらおうか」と考えるのではなく、入社前から「3か月後にこれができる」「半年後にここまで」というロードマップを描いておく必要がある。場当たり的な配属では、何が身についたのかも測れない。
さらに、教える側の人材。これは見落とされがちだが、教える人材は教える能力を持っている必要がある。技術が高いだけでは教育者にはなれない。教え方を学び、改善し、後輩との関係を作るスキルが要る。教える側の育成にも、また別の投資が必要になる。
そして、失敗を許容する文化。未経験者は必ずミスをする。そのミスを「だから未経験はダメだ」と判断するのか、「育つ過程で必要なステップだ」と受け止めるのかで、組織の育成力は大きく変わる。
最後に、短期成果との折り合い。育成期間中、その人の生産性は低い。短期的な業績だけで採用や配置を判断すると、未経験採用は必ず割に合わないように見える。経営の視点で、長期投資として位置づける覚悟が必要である。
ここまで読んで、「思った以上にハードルが高い」と感じた方も多いと思う。実際そのとおりだ。だからこそ、「未経験歓迎」と書く以上、その重みを認識した上で書くべきだと、私たちは考えている。
自社の取り組み:ゼロからエンジニア
ここまで「べき論」を書いてきたので、自社が何をしているかも触れておきたい。
当社は20年にわたって、「ゼロからエンジニア」という未経験者向けの育成プログラムを運営してきた。これまで50名以上のエンジニアを輩出している。
プログラムは、独自研修 → 自社受託案件への参画 → 客先案件、という3ステップで構成されている。座学だけで終わらず、実際の案件に参画して「実務経験」を作った状態で次のステップへ進める設計だ。この「自社案件で育つ期間」が、多くの未経験者向けプログラムとの大きな違いである。
また、サポート面では「OneTeam制度」を設けている。営業担当・技術担当・先輩エンジニア・本人の4人体制で、一人の成長を支える仕組みだ。技術面でもキャリア面でも孤立しないように、月1回の帰社日や月1回30分の1on1で、定期的に話せる機会を作っている。
これらの仕組みを20年運用してきても、決して完璧ではない。今でも改善すべき点は山ほどあるし、すべての新人を理想的に育てられているかというと、そうではない。
ただ、「未経験歓迎」と求人に書く以上、その言葉の重みは引き受けようとしている。育てる覚悟を持って、未経験者を受け入れる。そこに対しては、20年の経験と仕組みを持って向き合っているつもりだ。
おわりに:覚悟があってこその「未経験歓迎」
未経験採用そのものを否定したいわけではない。むしろ、人手不足の時代において、未経験者を育てる企業の役割はますます重要になっていくと考えている。
問題は、「未経験歓迎」という言葉が、覚悟を伴わずに使われすぎていることだ。書く側の負担は軽く、応募してくる人の期待は重い。この非対称性が、求職者の失望と、業界全体への不信を生んでいる。
「未経験歓迎」と書くなら、それは応募者への約束である。その約束を本気で果たすつもりがあるか。育成にかかる時間と費用を引き受ける覚悟があるか。失敗を許容し、長期視点で人を見られるか。
この問いに「はい」と答えられない企業は、「未経験歓迎」と書くべきではないと、私たちは思う。
逆に、「はい」と答えられる企業が増えれば、業界全体の信頼が回復し、未経験から挑戦する人にとっても、より良い時代がやってくる。
未経験採用は、戦略ではなく、覚悟である。中小企業がこの覚悟を持ち寄ったとき、人手不足時代の本当の解決が見えてくると、私たちは信じている。
